ある日のこと。帰宅してすぐ、いつものように風呂釜に火を付けようと風呂場の戸を開けると、正面の壁が富士山型に黒く塗られています。裾野の幅は1mほど標高は30cm程でしょうか。
「いない間に大家さんが塗ったのかな?それにしても変な形だな」と近寄ってみると、何と!何と何と!!黒いペンキと思われたそれは黒蟻の大群なのでした。壁に密集してうごめく数百数千の蟻!蟻!!蟻!!!
「(ギャ〜〜〜!)」私も男、声こそ出しませんでしたが、あまりのおぞましさに気も動転。
考えてもみてください。よく見かける蟻の行列は所詮1次元、対してこちらは面で広がる2次元。文字通り次元が違う世界で、その恐怖も次元が違います。オバケのQ太郎とエキソシストぐらい違うのです。
恐怖におののいていた私も、次の瞬間には「帰宅後の唯一の楽しみである入浴を私から奪わんとする蟻」への怒りにわななき、傍らのホースを手に戦いの火蓋が切って落とされたのでした。
蟻も流されまいと必死ですが、こちらも必死。蟻を次々と水で吹き飛ばしていきます。大方の蟻を吹き飛ばし、戦いも我が軍の大勝利に終焉を迎えそうな頃、今まで夢中になっていて気が付かなかったのですが足に妙な感触が…
「(ギョェ〜〜〜!!)」私も男、声こそ出しませんでしたが、何と!流された蟻が私の脚へ辿り着き、大量に這い上がってきているではありませんか!中には私の脚に噛みつく奴もいます。
思わぬ伏兵にたじろぎながらも、それから小1時間、激戦の果てに何とか蟻軍を殲滅し、戦いは幕を下ろしたのでした。戦場は溺れた蟻で死屍累々、やはり戦争は悲惨で胸が痛みます。
戦死蟻を丁重に水葬に伏し、浴槽を洗って水を張り、更に1時間余の風呂焚きを経て、やっと念願の入浴を果たしたのでした。
蟻の大群は二度と襲撃しては来ませんでしたが、蟻の怨念か、どんなに風呂を洗ってから沸かしても、私が入るときには必ず蟻の死体が数匹、浴槽に浮くようなことが続いたのでした。何とも恐ろしいことです。合掌。
それにしてもあの大群は何だったのでしょう?蛹らしきものを持っている蟻もたくさんいましたし、蟻の一族の分家で集団移住だったのかもしれません。
そう言えば、たつのこ邑にも蟻がたくさん巣を作っていますが、集団移住だけは勘弁して欲しいなぁ。
さて、こんなドタバタを繰り広げる私と結婚しようという、実に奇特な女性が現れました(言うまでもなく今のハルさんです)。結婚となると新居を探さねばなりません。
いろいろな事件に巻き込まれながらも私はこの家を非常に気に入っており、新居もここで十分だったのですが、いくら「飾らないハルさん」でも「びっくり箱のような家」での新婚生活には抵抗があったようで、私は泣く泣くこの家を出ることにしたのでした。
それにしても思い出深いあの家、今はどうなっているのでしょう?
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